長江健次萩本欽一への不義理から絶縁はさんまも関係していた

どうもです。ケンシです。

長江健次さんと言えば「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のフツオ役でデビューし「イモ欽トリオ」のハイスクールララバイでは、なんと150万枚の大セールスを達成した当時の超アイドルです。

私のイメージでは欽ちゃんは絡んでいる芸人さんやタレントさん達からの人望がかなり厚く、このような「絶縁状態」となる人がいるとは、ちょっと意外でした。。。

そしてこの「絶縁状態」になる背景に明石家さんまも絡んでいたとは・・・一体彼と欽ちゃんの間に何があったのでしょうか??

本記事にて真相に迫ってみたいと思います!!

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長江健次が犯した不義理

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イモ欽トリオでの成功を納めた翌年に長江さんは、大学受験を理由に東京での仕事を減らし、1982年9月に「欽ドン!良い子悪い子普通の子」を降板。同時にイモ欽トリオも脱退しています。

この時に私は「なるほど、、、サクッと成功したので即辞めして残りの人生パーっと!!・・・」てな感じが気に入らず欽ちゃんがキレたんだと勝手に思い込んでしまいました。

欽ちゃんは人望はあるが人一倍芸には厳しかったと聞きますから、そんな軟弱な思考の奴は大嫌いっぽいじゃないですか(笑)。。

しかしながら、こればっかりは本人の考え方次第。他人がどーこー言うのもおかしな話なので正直、なぜ欽ちゃんが絶縁までの判断をしたのか、さっぱり理解できませんでしたが、調べてみると理由はどうもそれだけではありませんでした。。。

長江健次の不義理には明石家さんまも絡んでいた??

その後は大学進学を機に芸能活動を再開しているようで、笑福亭鶴瓶さんと司会を務めたり、明石家さんまさんとも共演をしたりとかなりの活躍っぷりだったそうです。

しかしこの活動。。。どうも欽ちゃんやその関係者達へは一切の相談や断り無しで行われていたらしく、このことが欽ちゃんの逆鱗に触れてしまったとのこと。

確かに自分のオーディション番組で合格した若造がいきなり辞めて、何の連絡も無しにいきなり違う所で活動してたら誰でも怒るでしょう。。この一件で長江さんは「破門」の烙印押され、長い絶縁状態に入ってしまったようです。

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長江健次の経歴

長江さんは幼少の頃から笑いを集める人気者だったようで、なんと中学時代から地元大阪で素人出演の番組に頻繁に出演していたようです。なんでも「モノマネ」が得意だったとか。(笑)

さすが一般公募のオーディションに参加するだけのことはありますね^^自選か多選かは定かではありませんがオーデションに参加し合格するだけの「天性の才能」があったということは間違いありません。

萩本欽一との和解

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その後、長江さんは東京での活動が制限されたり、欽ちゃんファミリーが集まるイベントに参加できなかったりと絶縁状態が続いていた様ですが、近年では和解の傾向が見られておりファミリーイベントにも徐々に出演する様になり、2007年の24時間テレビでは完全に共演を果たす様になっています。

結局、許してあげるって所が欽ちゃんの懐の大きさなんでしょうね。。私は業界の人間じゃないので結局は事の重大さが解らない部分もありますが、芸に厳しいと言うことはそれだけ、礼儀礼節にもうるさかったって事でしょう。

特に昔の芸人さんて頑固者そうだから、如何に時間が経ったからとは言え中々認められそうにないですよね。。ホ〜ントに欽ちゃんの男気には脱帽です。。

長江健次の現在と今後の活動

因みに、現在の長江さんは俳優として活躍されている傍らで、趣味のスノーボードを活かしたインストラクター活動や、ライブハウスを中心とした音楽活動もやっているそうですね。

元々が多趣味の方だったんでしょうかね^^本業の他にこれだけ本格的に活動できるなんて凄いと思います。

ただ、あんまりのめり込んで、また不義理がでないよう注意して欲しいものですね^^

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